ジレンマ

昨日不正出血をした。

そろそろ生理は止まってるはずなのに、DOC1回目直後から生理が来た。
日数から考えると、通常より1週間遅れだった。
しかも、いつもより2〜3日多かった。

そして、昨日改めて(?)また出血した。

不正出血をしたことがなかったので怖かったし、乳癌になった当初から、乳癌の抗がん剤が子宮にダメージを与えること、そして、CTを撮った時にすでに筋腫が見つかっていることなどから、更に不安を感じた。

下っ腹の鈍痛は、今日の朝になっても治まらなかった。

朝起きてすぐ主治医に電話し、看護師経由で状況を伝えてもらうと、「婦人科を受けてください」ということだった。
大きな病院なので婦人科も併設されている。


病院にはぎりぎり入れた。
婦人科の先生がどんな人かは全く分からなかった。

土曜なので人が少なかったが、婦人科というよりも産婦人科がメインなので、幸せな雰囲気が漂っている。

ああ、そうだ。
この人たちはこれから、赤ん坊を生む人たちなんだな。

どことなく、浮き足立ってる人たち。
夫婦で来ている人たち。




一瞬。怒りで満ち溢れた。


私は子供が生めない。


怒りと、恨めしさだろう。




仕方がないとはいえ、残酷なもんだと思った。


乳癌の上、子宮癌になったら、治療はどうなるんだろう。
また手術するのかもしれない。

・・・また、あの痛みに耐えねばならないの?
下っ腹の痛みは、治まらない。


婦人科主治医となった先生は、笑顔の耐えない人だった。
最終の生理日と、現在おかれている状況を説明した。
私があわてているのを理解した先生は、私を制した。
「あわてない、ひとつづつ。まず、胸がいま大変な状態であること。抗がん剤治療は何をしているの?」
「DOCを2回目です。その前はFEC3回です。」
「そうですか。これから触診で子宮癌かどうかをまず調べます。しかしその前に。抗がん剤は相当なストレスを生みます。大変です。身体にダメージを与えます。だから出血している可能性もあります。不安かもしれませんが、心配しないように。」

診察台に移動した。

私は婦人科の触診が嫌いだった。
器具を入れられるあの感触が、大嫌いだった。
身体に何かを入れられることに、非常に抵抗があった。

痛かった。
内臓を動かされてる独特の感覚があった。
「筋腫、3cm。」
先生が言った。

触診が終わり、多分洗浄された。
診察台から降りると、かすかな血液のあとが付いていた。
まだ出血してる・・・。


先生の説明が始まった。
「筋腫がありました。3cmです。これは筋腫としては小さいほうです。癌ではありません。そして、卵巣が腫れていました。原因はおそらく抗がん剤の影響で、排卵があるからかもしれません。」
つまり、抗がん剤の影響でホルモンバランスが崩れている、ということなのだろうか。

「とにかく、今胸が本当に大変だから、子宮のことは今心配しなくていいです。でも今日は子宮の入り口だけをしらべたので、次回は子宮の奥も調べます。次いつこられますか?」
次は、抗がん剤投与の前に子宮の検査をすることになった。

「とにかくストレスをかけないこと。今は大変なんだから。」


私はよっぽど、余裕のない顔をしていたのだろう。
先生はストレスをかけないように、心配しないように、何度も言っていた。



診察が終わり、支払いを済ませても、しばらく待合室のいすから立ち上がることは出来なかった。

なぜ、こうなるんだろう。
やはり、もう死ぬほうがいいのだろうか。


生物は、弱いものから死んでいく。
それが自然の摂理だ。
それ以上もそれ以下もない。それだけの存在だ。

生きていることに意味などないのだ。各個体に意味などない。
私はただ、人間という種を保存するためだけの、生き物であり、その種の役割が単に雌なのだ。

私には意味がある、と自己肯定するものなど何もない。
雌であることももう無理だ。

「乗り越えられない試練は与えない」とか、自己都合のように聞こえるそんな言葉はもう聞きたくなかった。
毎日の生活が試練なのに、身体が耐えられない、弱い生物にこれ以上何の意味があろうか。



小さな子供が、騒いでいた。

私はじっとみていた。


もう病院にいるのも、嫌になった。
どこか静かな喫茶店に入りたかった。



茶店に入って、もってきた本をむさぼり読んだ。
全然病気とは関係のない、ビジネス書だ。

なぜ持ち歩いているかというと、働く気があるからだ。
早く社会復帰したいと、心の奥底から思っている。
だから常に、ビジネス書の類は持ち歩くようにしている。
いつでも、刃を研いでいたい。
どこか焦るような気持ちが、あったかもしれない。

常々思うが、他人からしたら馬鹿みたいな本かもしれない。
しかしそれはどうでも良い。
自分が勉強不足だと思うなら、馬鹿みたいな入門書からでもはじめたらいい。


ずっと読んでいくうちに、涙が溢れた。
そして少し、冷静になった。


情報が少ないうちに、判断してはいけない。
まず情報を収集しなければならない。
判らないから不安になる。

先生に言われた話を、もう一度頭の中でおさらいした。
まだ癌にはなっていない。
将来、子宮を取らなければならない可能性はまだ低い。

身体を一部切り取ることがどれだけ負担になるかは、とった人にしかわからない。
切ったから助かったが、切った身体はかなりしんどい。
だから、子宮筋腫になったからまた手術すればいいでしょ、という言葉は聞きたくない。それこそストレスだ。


しかし、今後生きていくうえで、私は何にこの命を使うことが良いのだろう。

使命−。ふと、頭によぎった。
誰かに与えられるのではなく、自らの考えで命を使ってすること。

何が自分に出来るのか。
ふと、自分とつながっているがん患者たちのことが思い出された。
その先のまだ見ない、癌にかかる前の知らない人たち。

ああ、そうだった。自分のミッションをこの前見つけたばかりなのに。
少しパニックになると、すぐ忘れてしまう。

情けない。
それだけの腹の落ち具合だったのか。


大事からみれば、この子宮筋腫は小事かもしれない。


優先順位から言って、乳癌を完治させることが先決だ。
しかし、そのためにはこの抗がん剤がかなり子宮の負担になることが分かった。
そのための手助けは、乳腺外科と婦人科の二人の主治医(プロ)に任せることが出来そうだ。
同じ病院なので連携も取れる。
改めて今の病院を選んだ自分の判断は、間違っていなかったと思った。

その上で、きちんと社会復帰して、働いて、社会に参加して、貢献していける範囲を広げること。


ノートに書き出す。
忘れないように。


自分の気持ちを整理するのに、半日かかった。
時間がかかりすぎているかもしれない。
長いか短いかは分からない。

一ついえるのは、気持ちを丁寧に分析する必要はあると思う。
そして次の行動につなげること。
必ず、何をすべきかに変えること。

これが出来れば、無駄ではなかったと思えた。



帰り道。
相変わらず下っ腹は痛い。
ひざの関節、そして舌に副作用が現れて、しびれている。
歩くのも、そのうち無理になるだろう。
足の指の皮が、本格的に剥けて痛い。

はっきり言って、くやしい。

でも負けない。
負けたくない。

今は、その気持ちだけで、ジレンマに対抗している。