わたしの主治医観察

このところ、実は悩んでいた。
生きる希望を持っていたけど、もしかして私自分の状況を良く分かってないんじゃないだろうかと思って。

トリプルネガティブの予後の悪さを、先日のデータでも発見してしまった。
日経BPから出ている乳癌ムックで、術前化学療法が主流という記事を読んだ。
とてもショックだった。

このムックはとても良い本だと思う。手軽な値段だし。ぜひ一読を薦めたい


どっちが良いのかは今では良く分からないし、今の治療を信じてやるしかない。
しかししばらく、頭がパンパンだった。
調べる事象がひとつの点で、全部つながらない。

うんうん悩んでたけど、「悩んでも仕方ない。大らかな気持ちのほうが長生きする」といわれた。
それもそうだ。私に出来ることなんて、ほんとに少ない。


私の治療の要、キャスティングボードを握る人物は、主治医に他ならない。

私の主治医は、良く分からない人だ。
今でも、なぜ主治医を信用しているかわからない。

初めて会ったとき、穏やかな口調に静かな物言い、しかしはっきりと自信みなぎるその姿に、それまでかかっていた膠原病内科の医師には無いものを感じた。
はっきり言って膠原病内科の医師は、頼りないこと極まりなかった。

主治医は、細くて背が高い。眼鏡をかけていて、そして言いたいことをはっきり言う。
「これ多分他の病院だと誤診すると思いますが(それくらい乳腺が多く複雑という意味)、腫瘍ですね。おそらく悪性です。」

私は「ひいっ」っと小さな声を上げたことを覚えている。両手で、顔を覆った。
その場ですぐ、細胞を取られた。
「麻酔しますから」
バチンっ。
痛かった。太い(細いストローぐらいの太さ)の注射で、私の胸の細胞を取られた。
「痛い」と言うと、
「え?そう?どこが痛かった?」という。
「バチンという音がするときが痛かったです」
というと、
「そうですかぁー」と聞いてるのか聞いてないのか分からない反応だった。

この「そうですかぁー」が、やたら多い。
この後幾度と無く聞く言葉だった。

すぐ手術が決まった。告知されたその日に。
こんなに手術って早く決めるものなの?
その日はずっと泣いていた。

はっきりと覚えているのは、
「術前抗がん剤を使うのは、がん細胞が死んでいるかどうか分かりません。だからしっかりと、手術でとって、それから抗がん剤に行きます。手術は怖くありません。必ず気に入るように胸を作りますから。」
この人は手術好きなのか?人の体を切り刻むのが好きなのか?外科医はみんなこんななのか?

胸を切ることに激しく抵抗感があった。
「胸を切ることは大したことない。その後の抗がん剤をがんばってもらわないといけない。」
何度も言われた。

外来で説明を受けるまではあれこれ聞きたいことがあるのに、主治医の顔を見ると泣きはするものの安心した。
しかし、主治医から離れると、とたんにまた不安になった。
自宅で何度も泣いた。


正直に言おう。 ・・・胸の形は気に入っていない(笑)
激しく量が減っている。主治医が言うには、周りの自前の細胞を集めるといっていた。
(「具体的に言うとねー。ここの薄い膜を切って・・・」と説明されかけて泣いた。)
それでは間に合わないくらい、胸を取られた。
うそつきー!と今でも思っている。この件に関しては。
※半分くらい軽い気持ちで書いているので、あんまり重く受け取らないでくださいね、うそつきー!は。


私はそれまで外科医に直接会ったことが無かった。外科医って特殊な人種だと思っていた。
確かに、入院中に他の部位のがん患者を回診する外科医の雰囲気を感じ取ると、特殊だと思った。
自信家で、はっきりものを言う、肉食っぽい、「漢」という感じだった。(女性の外科医がいなかった) 理学療法士と外科医について話していても、その特殊性は感じられた。
「外科の先生はなぜかマッチョで、そのマッチョさを宴会などで披露する(笑)」という笑い話まで聞いてしまった。
確かに、他の科の外科医は、なぜか皆腕が太い。筋肉質で筋がはっきりと認められる。

しかし、私の主治医はそんな中でも特殊だ。
誰ともつるまず、一人で乳腺外科を切り盛りし(一人ではないが部長なので)、手術から抗がん剤からあらゆる指示を常時PHSで出し(外来中も)、カルテを作り、患者への説明をする。
なんだかその姿が、他の外科医たちと違うのだ。
看護師に聞いても、「あ〜、あの先生はねぇ・・・」とやはり違う反応だった。

孤高。この言葉がぴったり来る。
自分のやってることを誇示はしない。淡々と仕事をする。そんな感じだった。
癌に向き合ってる。
患者のためというよりも、純粋な好奇心のように見える。

私は、こういう自分の仕事にコミットしている姿に、信頼を置いているのかもしれない。
患者のために、というのはもちろんあると思う。
しかし、時に厳しい判断をしなければいけないんだろうな、と思う。
患者が死ねば、文句を言われる。
私のように、めそめそした患者もいる。

基本的に、病院のスタッフは皆優しい。
優しいが、最優先事項は常に「緊急」「命」であるため、患者の希望を通すよりも、医療者たちの作業を手早く進めるため、「ごめんねー」といいつつ患者を無視する。

他の科の外科医は、とにかく声がでかい。
午前の回診では、「どや!調子は。」「よかったな〜よかったな〜」と大阪弁むき出しで、しかもでかい声でしゃべる。
皆カーテンで仕切られているので、顔は見えないが、患者相手にそのでかい声じゃ、私ははっきり言って耐えられない・・・と一人震えていた。

私の主治医は、いつも淡々と変わらない。そして常に忙しい。
世間話(?)をしようとしても次の患者のところに飛んでいく。
日曜でもガーゼを替えに来てくれる。(他のサポート医はいるのに。もしくは頼めないのかもしれない)


主治医の一番怖い顔を見たのは、手術後一晩明けたときだ。
その夜は、傷口が熱く、そして腫れあがっていた。痛い。酸素マスクをつけて苦しかった。カテーテルが刺さっていた。自由が利くのは左側だけ。右足を動かすと、傷口まで響いた。
酸素マスクは何とか夜のうちに取れたが(多分それが普通なんだろう)、急に酸素マスクが取れると空気が薄く感じてしばらく息苦しかった。
このときは、まだ、傷口に管が刺さってるなんて、ドレンが付いているなんて分からなかった。
夜は主治医は来なかった。看護婦詰め所にいるので、主治医は必要ないのだろう。
心拍数を測る機械が恐ろしかった。
この夜は、水も飲んではいけない。
意識だけがはっきりし、睡眠薬を点滴で体内に摂取するも、痛みで寝付けなかった。
傷だけではなく、右肩甲骨がかなり緊張し、筋肉疲労が激しかった。

不思議と泣かなかった。
手術直前まで泣いていたのに。
こういう必死な状況では、人は泣かない。生きるのに必死だからだ。普段死にたいと思ったとしても、本当の生命の危機が訪れると、人は必死に生きるものなのかもしれない。

朝、主治医が来た。
来て、傷口を一通り見た後、おもむろに私の右手を取った。
そのまま、徐々に右腕を上げていく。
どこまで上げるのだろうと思っていた。
そしたら頭の上まで上げてしまった。
「痛い!」私の顔がゆがんだ。
「先生止めてください」と看護師が止めた。
「そう?大丈夫よ、いけるよ」主治医が笑いながら言った。
でも腕を上げているときはすごい冷徹な目をしていた。
このときの顔が、知る限り主治医の一番怖い顔だ。

トリプルネガティブを告知されたときも厳しい顔をしていたが、それとは違う顔をしていた。
どうしてなんだろう。

入院中バンクーバーオリンピックが始まった。
主治医が夜の回診に来てくれたとき、ふと「先生は真央ちゃんとキムヨナとどっちが勝つと思いますか?」と質問した。
「え?わたし?そうねーどっちかねー。」
・・・全然聞いていない(笑)
「興味ないんですね」
「興味?ないことないけどね、ほらテレビ見て。そっちのほうが気がまぎれるでしょ」
ホントどっちでも良いんだなぁと思った。治療以外のことにまるで興味がなさそうに思えた。ちょっと笑ってしまった。
しかし最後に、「安藤美姫は意地悪そうやからあかんねー」と、意外な感想を言って、さっさと帰っていった。

退院後のほうが、主治医と世間話をする。
時々笑う。
主治医も手術は緊張するのだろうか。

主治医は日に20〜30人の外来をこなすという。
「先生、手術も1日3件するんですよね」というと「手術の日のほうがらくなんですよ。」という。
「え!」と驚くと、「手術中だからって外来を断れるでしょ?」と笑う。
多分これも、主治医の冗談なんだと思う。

主治医はやっぱり良く分からない。
しかし、理屈ぬきで、自分が知らず知らず信用しているのが分かる。
多分最初見たときからなんだろう。

頭では納得していなくても、なぜか信用してしまう。
多分、この場限りの話をしていると思っていても、主治医の仕事振りに信頼を置いてしまう。

入院中、一度だけ主治医でもなく、サポート医でもないほかの外科医が来たことがあった。
男前であり、かつ本人も男前であることを自認しているであろうその医師(隣の患者が退院するときに写真をお願いしていた。「男前なのよー!」と張り切っていた。)は、サポート医が今日は主張のため来れないと言った。

ちゃんとした医師だし、彼に見てもらってもなんら問題はないのだが、なんだかすごく嫌だった。
「主治医が後で見てくれるといっていたので」と断ってしまった。
男前だから嫌とかじゃなくて、なんか信用できないと思ってしまった。※ちゃんとした医師です。
他の科の医師だからということもあるけど、もっと本能的な何か。
遅れて担当のサポート医が来たので、思わず「遅かったじゃないですか!」と言ってしまった。
(主治医が見てくれた後で来た)


主治医に関して、これだけ言葉を書き連ねても分からない。
たまたま選んだ病院で、たまたま選んだ医師。
人の縁というのは不思議だ。



私にとっては今のところ唯一の主治医。
彼にとってはたくさんの患者の一人。

多分私は、他の外科医を知ったとしても、主治医への評価は変わらないだろう。
ただし、私は他の外科医を知ったほうが良いだろう。
たとえそれが、ショックな出来事になったとしても。