神はサイコロを振らない

昨日、病理診断の結果が返ってきた。

私のガンの診断が確定したといっていいと思う。(これまでは手術のための診断といっていい)
今後の抗がん剤放射線治療の方針を決める、重要な診断だ。

乳房切除の組織診断は、浸潤性乳管癌、乳頭腺菅癌。
乳腺外脂肪浸潤(+)、皮膚浸潤(−)、筋肉浸潤(−)、リンパ菅侵襲:ly3、血管侵襲:v2、そして、Histologic grade:Grade3というものだ。

乳腺リンパ節切除の組織診断は、センチネル大2つに転移が見られ、センチネル小12個には転移は認められなかった。

これらの意味は、まず乳房の診断から。
右乳房の乳管および脂肪部分に癌が見られるが、筋肉や皮膚には転移がないと言う意味。
リンパ管侵襲のly3は0、1、2、3、4の段階の事で、数字が上がると癌が広がっているかを示す。
血管侵襲のv2も同様に、広がり具合を示す。
これらは乳房の中でどれくらい癌化しているかを示す。

全身への転移は、腋窩リンパへの転移を見る。
センチネルとは「見張り番」という意味で、センチネル大というリンパ節に転移が見られなければ、センチネル小リンパ節は切除しない。
私はセンチネル大に2つ転移が認められた。
だからセンチネル小12個を調べた。
癌は肉眼では見えないサイズだ。

最後に、Histologic grade3組織学的異型度というが、癌の悪性の度合いを組織学的異型度(組織学的悪性度)という。
判断の要素には色々あるが、一般的にはがん細胞の核が示す形態異常(異型性、顔つきの悪さ)の程度をいう。
1〜3に分類し、数字が大きいほど悪性度が高いということになる。

つまり−私の癌はある程度進行し、細胞分裂、成長の早い、悪性度が高いと言える癌なのだ。


危なかったと言えるだろう。


癌が爆発的に成長、転移を始めるのは、腫瘍直径2〜3cmが壁と言われているようだ。
主腫瘍が3cmあり、転移も認められた。
少しでも遅かったら主要臓器や骨、血管等に転移していたであろう。

主治医にすればヒヤヒヤものだ。


この結果を踏まえて、やはり効能・副作用ともに最強の抗がん剤と、放射線治療を行う決意を、「主治医」はしている。

…私は、無知なままで、乳房を再建したいとか痛いとか、不安を抱えていた。
わかっていたけど、わかっていなかった。

決意は・・・主治医ほどしていないだろう。
まだ恐ろしさがわかっていないのもあるが、生き方そのものに対して考えているからだ。

どう、いきるか。
命には限りがある。
そして私は命を生きている。


私はなぜ、癌になったのだろう。
なぜ、生きているのだろう。
これらの質問に答えはない。
また、私がひとつの生命体として、地球の組織としていきる限り、私の存在に格段の意味はないだろう。

ただ、癌になって、入院して、他の癌患者を見て、命の順番を目の当たりにして、ひとつ思うことがある。

命を生きなければ、誰かの犠牲になるだけだ。犠牲は悪いことでもない。私たちは生まれるときから競争を勝ち残り、たくさんの同胞は死んでいった−精子卵子の段階ですらそうなのだ。

自然とはそういうものだ。
怒りも悲しみも、喜びも、命のための一瞬の動力だ。

主治医は、乳癌の解明と対処に燃えている。全人生をかけている。

私は?

何をいきるの?

目の前の暗闇に、一筋の光が流れる。
命の煌めき。


私であり、あなたの命。
光はやがて無数の集まりになる。

でも決して、闇が光になることはない。
命が有限である限り。

誰がこんなことを決めたのだろう。
神だろうか。
命が神なのか。
私の中にいるのか。


今の命は、主治医に生かされた命だ。
主治医を選んだのは私だが、ぐずぐずしていた私を強制的に生に道導いてくれたと思う。
主治医にたどり着くまで、様々な確率があった。
私は選びとったのか。導かれたのか。
なぜか自主的に検査を受け、主治医を選ぶのに、歯車がうまく合わさった。


癌を知れば知るほど、自分の治療プロセスを知れば知るほど、
命を生きようと思う。


命が切れるまで。


最後に、主治医の自己紹介の一言を。

「神様がいるかもしれないと、時々感じます。
大学で遺伝子の講義を受けているときに、DNAの設計図が4種類しかなく、あらゆる生き物はその組み合わせからできており、人もゴキブリもゾウリムシも組み合わせがちがうだけで基本は一緒だと聞いたからです。」

みんな命を生きている。教えてもらった大事な言葉。
実感している言葉。