放射線治療終了

放射線治療、今日で終わった。
やったーーー。

1月29日の告知から7カ月。
長かった。

抗がん剤が終わったとき、「もう治療しなくていいんだ」と思った。
それは、主治医に再建を希望していて放射線治療はしたくないといっていて、「わかりました」と言っていたから。

正直放射線治療は騙された〜と思っていたけど、再発の危険を考えると、やっておいた方がいいと思った。
それからやっとだ。

手術、抗がん剤放射線の中で、どれが一番きつかったかと言うと、やっぱり抗がん剤だと思う。
手術はめっちゃくちゃ怖かったし、ものすごく痛かった。
実際の痛みだけでなく、胸を失った事で心も痛かった。
放射線治療は、どんな副作用があるかわからず、受けるかどうかも悩んだ。
毎日少しづつ焦げて行き、毛穴が開いている肌をみて、手術してその上肌まで傷めるのかと、思わず泣いてしまったこともあった。

もうそれもこれも終わり。
まだ病院には通うけど、ここまできたんだなぁ。

私はあまり自分でがんばったと思わない方だけど、ガン治療に関しては「自分は頑張った」と言うのを許可したい。

失ってしまった全てを、これから取り戻せるわけではない。
失った事は二度と元に戻らない。
体だけでなく、健康であれば色々経験したであろう事全てを失った。
そしてこれからも失い続ける。

よく「これだけの試練があるのは、耐えられるからだ。意味があるからだ」という言葉をみたり聞いたりするが、私は全く意味がないと思っている。
ガンにおいては、誰もがなる病気だからだ。
というか、ガンにかかわらず病気や事故、天災、不運な出来事は、誰にだって起こる事だからだ。

私は特別な人間ではなく、いたってどこにでもいる普通の人間だ。
そして、ガンになったから終わりではなく、これからもいやな事や不幸なことが起こることだってあるだろう。

有名人がガンになったときのニュースは嫌い。
憐憫に溢れ、さもガンになることが不幸の様に扱う。
誰にも訪れる病気なのに。

あなたの隣に、名もなく病気と戦う人がいる。

そして病気と戦うと言うことは、人生をかけていると言うことだと思う。
仕事を失い、お金がないと言うことは家を始めとしたあらゆる持っているものを失う。


逆も言える。
不幸なことばかり続くとも言えない。
辛いことばかりではない。


私は変化に対してそれ程強くない人間だと思う。
そう言う意味でもよくこの変化に、気を失わず耐えたと思う。

人間、自分が正しいとおこがましく思っているうちは、変われないんだろう。
私はおこがましい人間かもしれない。
命がかかっていなければ、変われなかったかもしれない。

しかしまだ、「健康なガンによって穢される前の体」に固執している。
そうありたいと思っている。
思い込むことによって、健康を失ったことに「本当に気づいていないふりをしている」のかもしれない。

だからまだ気持ちの整理がついていない。
頑張ったことは許可できても、今の自分をYesと言う許可は、まだできない。


その都度気持ちを吐露できるツールがあったのは、本当によかったと思う。


こう言うときこそ、あまり考えないことなんだろう。
いくら考えたって、戻ってはこないし、思い描く理想の生活になるはずがない。


したいことをし、したいように死んでいく。
そういう贅沢な生き方をしたい、とおもった。